もし土方歳三が現代の会社員だったら、いったい何をするだろう。
新選組副長として、幕府が滅んだあとも函館の最前線で戦い続けた「鬼の副長」。
しかし、その不退転の精神が現代のオフィスに降り立ったとき——リストラ通知という名の「撤退命令」は、彼に何一つ通じなかったはずだ。
諦めない男の、現代版サバイバル物語。
撤退命令を受けた副長——リストラ当日の土方歳三
「廃業のお知らせ」という紙が、ガラス扉に貼られていた朝のことだ。
土方歳三はその紙を一瞥し、静かに剥がした。
裏面を確認し、ポケットに収める。
まるで戦いを告げる命令書でも受け取ったように。
史実の土方は、幕府が滅亡した1868年以降も北海道へ渡った。
新政府軍を相手に、仲間が降伏するなかでも一人戦い続けた。
また、拠点の五稜郭(ごりょうかく)に援軍の見込みはなく、弾薬も底をついていた。
それでも、旗を掲げ続けた。
その行動原理を現代のオフィスに置き換えれば、こんな光景が浮かぶ。
- 倒産通知が出た翌朝、誰より早くタイムカードを押す
- 「もう仕事はない」と告げられても、デスクでメールを開く
- 電気が消え、段ボール箱が積まれた廃墟のような空間でも、一人作業を続ける
あなたの職場に、こんな人はいないだろうか。
あるいは、自分がそうなったとき——どう動くだろう。
それでも退かない——「撤退」を知らない男の哲学
なぜ土方歳三は退かなかったのか。
単なる意地ではない。
とはいえ、無謀な強がりでもない。
新選組副長として彼が設けた「局中法度(きょくちゅうはっと)」。
脱走や私闘を許さない、厳格な規律だった。
しかしその厳格さは、仲間と組織を守るための信念から生まれていた。
つまり、土方にとって「撤退」とは、逃げることではない。
自分が信じた価値を、自ら捨てることを意味していた。
さらに、土方歳三は農民の家の生まれだった。
武士の家柄でも、名門の出でもない。
そのため、副長の地位にたどり着くまでには、並外れた鍛錬と意志があった。
したがって、その地位を自ら手放すことは、生き方そのものへの裏切りを意味した。
現代に置き換えれば——リストラの判断は、多くの場合、外側から与えられる。
しかし土方は、その判断を外に委ねなかった。
最後まで、自分の手で戦いの終わりを決めようとした。
そのため、彼の「退かない」は、叫びではなく、静かな意志だった。
「撤退という言葉は、俺の辞書にない」
この言葉が刺さるのは、一般的な「諦めるな」とは重みがまるで違うからだ。
「辞書にない」という表現は、撤退という選択肢そのものを視野から消している。
また、実際の土方歳三は1869年5月11日、函館・一本木関門で銃弾を受けて戦死した。
最後まで馬上で指揮を執り続けた、とも伝わる。
なぜなら、退くという概念が彼の中にはなかったからだ。
仕事でも人生でも、迷ったときに思い出したい一言だ。
土方歳三をもっと深く知りたいなら、司馬遼太郎著『燃えよ剣』が入門として最適だ。
上下巻で描かれる土方の半生は、幕末という激動の時代を背景に、一人の男の不退転の生き様を鮮やかに描き出す。
さらに、Kindle版でいつでも読めるため、まずは上巻から手にとってほしい。
退くことを知らない男の物語は、令和の働き方にこそ刺さる。
あなたが今、「撤退」の二文字が頭をよぎっているなら——土方ならきっとこう言うだろう。
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