「もし山南敬助が現代の退職代行業者だったら?」その問いが、笑いのあとじわじわと刺さってくる。
新選組の初代総長として組織の掟を整備し、その掟に裁かれて命を落とした男。
退職という行為を誰より深く知りながら、誰より深く縛られ続けた人物が、現代の「退職代行業者」として蘇ったとき、歴史はシニカルな顔を見せる。
去り際に何を見るか。山南敬助が問いかけてくる。
ルールを作った者が、最初に裁かれた
慶応元年(1865年)、山南敬助は切腹を命じられた。
理由は脱走。しかも、その脱走を裁いた「局中法度」の整備に、山南自身が深く関わっていた。
局中法度とは新選組の内部規律のこと。「脱走は死罪」という条文の起草に携わった男が、その条文の最初の適用対象になった。
これほど皮肉な結末が、歴史にどれほどあるだろう。
山南が脱走を試みた理由は、今もはっきりとはわかっていない。
組織への幻滅か、腕の負傷で戦えなくなった焦りか、愛する女性・明里への想いか。
おそらくその全部が、少しずつ積み重なっていたのだと思う。
「続けるべき理由」と「去りたい理由」が拮抗したとき、人は動く。
その瞬間の山南を現代に置くなら——退職代行業者が一番しっくりくる。
「静かに去ることも、時として最大の抵抗となりうる」
これは山南敬助のIFの世界の名言だ。
しかし、史実の彼の行動を辿ると、この言葉の重みが変わってくる。
彼が脱走を試みたのは、暴力でも声高な抗議でもなく、「静かにいなくなる」という選択だった。
組織に対する無言の意思表示。
現代で言えば、退職代行サービスに電話する行為に近い。
直接対決を避け、静かに、しかし確実に関係を断ち切る。
それは弱さではない。
自分の「誠」の置き場所を、自分で決めることだ。
山南敬助という人物をもっと深く知りたいなら、「新撰組山南敬助」(人物文庫)が手に取りやすい一冊だ。
脱走の夜、切腹の朝、そして明里との関係。史実を丁寧に拾いながら、この男の葛藤を描いている。
去り際に、その人の本質が出る
退職代行サービスが急増している。
「直接言えないなんて情けない」という声も聞こえる。
しかし、声を上げても握りつぶされてきた経験がある人間に、その言葉は届かない。
山南敬助が生きた時代、「辞める」という選択肢に許容はなかった。
一度入ったら、死ぬまで出られない組織があった。
それでも彼は、静かに出ようとした。
その判断が正しいかどうかではなく、「去ること自体が、彼の誠だった」という読み方ができる。
去り際に何を選ぶか。そこにこそ、その人の本質が宿る。
あなたは今の職場に、どんな「誠」を持って向き合っていますか?
笑えるIFの動画の奥に、意外と重たい問いがある
退職代行業者になった山南敬助が、最後に自分宛の退職勧告書を受け取る。
笑える。しかし、笑い終わったあとに何かが残る。
ルールと本音の葛藤。静かな抵抗の形。去ることの美学。
山南敬助が幕末に命をかけて問いかけた問いを、現代人はスマートフォン一台で突きつけられている。
あなたの「去り際」を、一度だけ考えてみてほしい。
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