もし永倉新八が現代の会社員だったら?
新選組の二番隊組長として、最強の剣士の一人に数えられた男。
近藤勇も、土方歳三も、沖田総司も、先に逝った。
十三人いた大幹部のうち、最後まで生き残ったのは永倉新八ただ一人。
それでも彼は77歳まで生き続け、晩年に仲間全員の記録を書き残した。
転職が当たり前になったこの時代に、「残り続ける」という選択が何を意味するのか。
十三人の大幹部で唯一生き残った男が、最後にやったこと
幕末という時代は、才能ある人間ほど早く死んだ。
新選組の幹部たちも例外ではなく、近藤勇は処刑され、土方歳三は函館で銃弾に倒れ、沖田総司は結核で床に伏したまま息を引き取った。
しかし永倉新八だけが、その修羅場を全部くぐり抜けて生き延びた。
新選組という組織は、幕末の激動の中で急速に拡大し、内部粛清を繰り返しながら崩壊していった。
永倉自身も、その粛清の危険に何度もさらされた。
それでも剣を置かず、仲間と共に戦い続けた。
明治維新後、彼は北海道の小樽に移り住み、剣術師範として静かな後半生を送った。
ところが70歳を過ぎたころ、孫たちを相手に語り始める。
池田屋の乱闘、血の粛清、近藤勇との別れ——。
それが新聞記者の耳に届き、連載となり、本になった。
それが「新撰組顛末記」だ。
誰かに頼まれたわけじゃない。
それでも語らずにはいられなかった。
散っていった仲間の名前を、自分が覚えていなければ消えてしまうから。
「仲間が散っても、俺は語り続ける。それが生き残った者の使命だ」
この言葉の重さは、史実と重ねるとさらに増す。
新選組の全盛期、永倉は「いつ死んでもおかしくない」戦場を何度も生き延びた。
命がけの選択の連続の中で、生き残った者にしかできないことがあると、彼は身をもって知っていた。
語り継ぐこと。それが、残された者の仕事だと。
永倉新八の証言を読むなら、永倉新八著「新撰組顛末記」(新人物文庫)が第一選択肢だ。
幕末動乱の修羅場を実際にくぐり抜けた人物が書いた、第一級の史料。
語り口はとにかく生々しく、歴史の教科書とはまるで違う。
転職ラッシュの時代に、永倉新八を思い出す理由
今の職場で、同期が次々と辞めていくのを見たことがあるだろうか。
最初は「あいつも行くのか」と思っていたのが、いつの間にか自分だけになっている。
そういう経験をした人には、永倉新八の話がどこか他人事に聞こえないはずだ。
とはいえ、永倉が「辞めなかった」のは惰性や諦めではなかった。
一度、近藤勇と意見が対立して新選組を脱退したことがある。
つまり彼は、去ることもできた。それでも戻ってきた。
残る選択を、自分の意志でし続けた人間だった。
また、永倉は新選組が崩壊しても「新選組だった自分」を捨てなかった。
明治という新しい時代の中で、旧幕府側の記憶を持ち歩くのは決して楽ではなかったはずだ。
それでも彼は語ることをやめなかった。
仲間が正しく評価されるために、だ。
転職を選ぶことが正解でも、残ることが負けでもない。
問題は「なぜ残っているのか」を、自分が答えられるかどうかだ。
永倉新八には、答えがあった。仲間の記録を残すという、揺るがない理由が。
「語り続ける」ことが、彼の最後の戦いだった
「新撰組顛末記」が書かれたのは、大正時代に入ってからだ。
明治維新からすでに40年以上が経過していた。
当時を知る人間は、ほぼいなくなっていた。
だからこそ永倉は語った。自分が黙れば、全部消えてしまうから。
SNSで同期の退職エピソードを投稿し続ける古株社員を想像すると、笑えるようで、なんとなく切ない。
でも永倉新八がやったことの本質は、それと同じだったかもしれない。
「あいつはこういう人間だった」と、誰かが言い続けること。
それが、残された者にできる最後の仁義だ。
あなたの職場で、「この人が辞めたらどうなるんだろう」と思う存在はいるだろうか。
あるいは、自分がその人間になっているだろうか。
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