もし石田三成が現代のコンプライアンス部長だったら?
豊臣政権の「事務総長」として、法令整備から行政実務まで一手に担った三成。
義を曲げない鉄の信条を持つ彼が現代のオフィスに立ったとき、何が起きるのか。
そして、なぜ彼は嫌われ続けながらも正しさを貫き続けられたのか。
三成がやっていたことを現代語に直訳すると──「全社規模のコンプライアンス監査」だ。
豊臣秀吉の天下統一政策「太閤検地」。
田畑の測量から年貢の査定まで、その実務をすべて仕切ったのが三成だった。
地域の有力者、いわば現代の支社長クラスにも、一切の例外を認めなかった。
同一基準、同一書式、同一ルート。ただそれだけを、愚直に貫いた。
現代のオフィスに置き換えると、こうなる。
- 「うちの部署はいつも特例でやってる」という慣行を、初日に廃止通達
- 取締役の経費精算も新入社員と同じ書式・承認ルートで処理
- 「昔からこうだった」は理由にならないと、全体会議で明言
あなたの職場にこんな上司がいたら、正直どう感じますか?
さらに三成は、秀吉の死後も義を曲げなかった。
徳川家康が権力を拡大するなか、「秀吉公との約束=社内規程を守るべきだ」と訴え続けた。
嫌われることを恐れず、正しさを最優先にした結果が、関ヶ原での孤立だった。
正しさとは時に、孤独を引き連れてくる。
それでも彼は、ルールの番人であることをやめなかった。
「ルールに例外を作った瞬間、そのルールは死ぬ」
この言葉の背景には、関ヶ原前夜の政治的混乱がある。
家康が秀吉の遺訓を次々と骨抜きにしていく様子を目の当たりにした三成の、義憤から生まれた信念だ。
例外は「特別扱い」ではなく「ルールへの死刑宣告」。
内部統制や不正防止が問われる現代企業にとって、最も刺さる一言かもしれない。
正しさを貫くことの孤独を、三成は400年前に体現していた。
三成の生き様をより深く知りたいなら、火坂雅志 編著『実伝 石田三成』がおすすめだ。
「佞臣(ねいしん)」=媚びへつらう臣下と蔑まれながらも、内政・外交・軍事に卓越した実務手腕を発揮した三成の実像を、史実とエピソードで丁寧に照らし出す一冊。
嫌われ者と呼ばれた男が、なぜ義を曲げなかったのかがわかる。
あなたの職場にも、三成のように「正しさを貫く孤独」を引き受けている人がいるだろうか。
それとも、あなた自身がその役を担っているだろうか。
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